「鈍色幻視行」を読みました

先日読んだ「夜果つるところ」に続き、恩田陸さんの「鈍色幻視行」を読みました。

「鈍色幻視行」はある本を映像化しようとした人たちが船旅をしながらその本について語り合う物語。映画監督、プロデューサー、熱狂的ファンの漫画家などが、その本とのかかわり方をインタビュー形式で語っていく形で物語が進んでいきます。

その本を映画化しようとするたびに、人が亡くなり、頓挫し・・・を繰り返していることから「呪われた映画」と言われるようになった、その本が「夜果つるところ」なのです。

650ページあって分厚い本ですが、話の続きが気になってどんどん読み進めてしまう一冊でした。

船旅をできる人というのはやはり経済的にも時間的にも余裕のある人に限られるため、年齢層としては、現役を引退した世代が多いなか、

主人公は30代の脚本家である梢と弁護士の夫。

2週間の船旅で夜果つるところに関する話をしているうちにそれぞれが当時のことを思い出しながらインタビューに答えていく。

時々気晴らしのように陸に上陸して観光をするのですが、私が印象に残ったシーンを2つ記録に残しておきたいと思います。

このツアーの客たちは、ほとんどが現役をリタイアしていて「時間ができたから」旅をしているのだろう。いわば、旅そのものが目的であり、このために働き、時間を作ってきたはずなのだ。それなのに、彼らはまだどこか「上の空」なのだ。彼らには、他に「時間ができたら」やりたいことがあるように見えた。それは今現在のこの「旅」ではない。そんな気がしたのだ。
「いつか、時間ができたら」ゆっくりやりたいこと。その歳でそれがこの旅ではないのなら、この先いったい何をすればよいのだろう。

恩田陸さん著「鈍色幻視行」より引用

現役で働いている側の人間から見たら、理想的な老後だと思うのに、当の本人たちはどうもそうではないらしい。

私は体力があるうちにお金をためて、早めにリタイアしてのんびり長期旅行してみたい。まさにこの客たちのような老後に憧れているので、実際にその状況になった時には、また別な何かを求めていて、「今」を100%楽しめないのかな・・・なんか少しぞっとしてしまうシーンでした。

この美しい湾に、この先二度と来ることはないのだ、と思うと奇妙な心地になった。
『夜果つるところ』を巡る人々、のことを考えながら、この美しい景色を見た、という記憶だけが残るのだろう。
 なんだかものすごく贅沢で、ものすごくもったいないことをしているような気がしたが、逆に観光というのはそういうものだ、旅というのはそういうものだ、とも思った。普段は考えないようなことを、ずっと考え続けられるのが旅というものの醍醐味かもしれない。

恩田陸さん著「鈍色幻視行」より引用

贅沢ともったいないは紙一重なんだなあと気が付かされたシーンでした。

船旅というだけで贅沢な環境で、たっぷりの資金と時間を使う旅。動くホテルって本当に憧れです。寝ている間に移動できるなんて本当に本当に憧れです。

さらにさらに、観光は息抜きのような気分でぼーっと景色を眺めたりガイドさんの話を聞き流したり・・・羨ましい限りです・・・

私だったら、「せっかく来たんだから」と旅行のすべてを取りこぼしなく全力で味わい尽くしたいという気持ちが勝って、あれもこれもと予定を詰め込むでしょう。

とはいえ、南の島で一週間、昼からお酒を飲んで昼寝して本を読んで・・・みたいな旅もあこがれるのです。ただ、いまの私には観光しなきゃもったいない、楽しまなきゃもったいないと毎日外に出歩く気がします。年齢と共に予定を詰め込んだ旅から、ゆとりの旅に移行していけるのでしょうか・・・

そんな私にも、旅に出ると普段は考えないことを考えるというのは経験があります。

海外旅行だと目に映るものすべてが新鮮でまだまだ難しそうですが、国内旅行の例えば神社仏閣までの長い長い階段をひたすら上っているとき、お城の敷地内を散策しているとき。

歩き疲れて、会話する元気が減ってくると無言で自分と会話をしていることがあります。先日香川のこんぴらさんに登った時なんかは、今後自分がどんな生き方をしていきたいのか、なにに喜びを感じてきたか、そんなことを考えていました。

物語の内容的には『呪われた本』について、著者である飯合梓の人物像について、こうではないか、ああではないか、と活発に議論されるのですが、下船時までに何かが明確になるわけではないのに、読み終わった後には何とも言えないスッキリ感のような、読みながら私自身の中にあったモヤモヤがなんだか軽くなったような気分でした。物語の内容と私のモヤモヤは全然関係ないのに、インタビュー中に語られるそれぞれの思いや考え方を読んでいるうちに、自分自身に向けられた言葉のように思えてきて心の棚卸ができた気がします。

旅行に行きたくなりました。まずは本を持って近場の旅行に行くところから始めてみようかなと思います。

おしまい

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